作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】東京都/中村不折、倉田白羊【略歴・作風など】幼少の頃より絵を好み始めは明治38(1905)年に倉田白羊の門下となり石膏デッサンを師事、次いで39年には太平洋洋画研究所にて中村不折の指導の下本格的な絵画活動を開始。44年より東海道写生行脚を開始、以来、国内外を問わず大正元年朝鮮、4年ロシア、5年ハルピンと写生旅行を敢行、人間、自然、動物を中心に土地土地の「生」を対象に数多くの作品を残す。9年に帰国して東京下落合に居を構えたが、この頃、盲目のロシア詩人エロシェンコとの知遇を得て彼をモデルとした作品「盲目のエロシェンコ」が同年第2回帝展にて初入選となり、以降第6回帝展〜第10回帝展まで連続入選となる。また昭和初期頃より再び写生旅行を開始し昭和3年に四国、5年朝鮮、満州、ソビエト、フィンランド、スウェーデン、ドイツ、フランス、7年ハルピン、10年樺太、北海道等で制作、更に第二次世界大戦中は従軍画家として戦地を描いた。〔印名〕「吾郎」など〔市場評価〕★〔美年鑑評価〕300万