作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】福岡県出身師、有岡米次郎。【認定】国指定重要無形文化財(人間国宝)、技術保持者認定【所属・任】日本工芸会正会員・人形部会長・副理事長【主な受賞】紫綬褒章【略歴詳細】はじめ地元で博多人形師の有岡米次郎に学び人形を製作、その後1918年に上京、本郷洋画研究所にてデッサンを習得、東京田畑に窯を築いて当時はテラコッタ(陶製人形)を主に製作。また、奈良の神社・寺院を巡りその塑像からヒントを得て独自の人形製作を模索、32年に「紙塑人形」として完成させた。同年に野口光彦、堀柳女らと共に人形美術団体「甲戌会」を結成、翌8年には独自に「日本紙塑藝術研究所」を設立し人形藝術の発展に尽力、戦後は1954年の日本工芸会の発足と共に正会員となり同会が主宰する日本伝統工芸展への出品や同会人形部会長、副理事長なども歴任して人形界発展に功績を残し61年に国指定重要無形文化財(人間国宝)に認定、さらには64年に紫綬褒章を受章した。また「アララギ派」の歌人としても著名で歌誌「潮汐」を創刊、歌集に「魚鱗」「故郷の灯」などがあり、宮中歌会始選者にも選出されている。昭57年8月21日急性肺炎のため死去、84歳。代表作に「ポッピンを吹く南蛮少年」「静浄」「大寿親王」「軍鼓を打つ少年」「竹の響」「紙塑人形延寿雛」「大森みやげ」「潮に乗りてくる豊玉比賣」「さぬのちがみのおとめ」「地久」「なかよし」「海を行く女神」「冬ごもり」(1982年遺作)など。尚、子息にはその業を受け継ぐ鹿児島成恵が活動する。〔主な所蔵館〕東京国立近代美術館所〔印名〕「寿」(「壽」)「じゅぞう」など〔市場評価〕★★★