作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】岡山県出身大阪美術学校卒師、幸松春浦、矢野橋村、冨田渓仙【所属・任】日本南画院同人(常務理事)【主な受賞】勲四等旭日小綬章、日本南画院展文部大臣賞など【略歴・作風など】2歳の頃に岡山から淡路島洲本に転居、また幼少時より俳句や絵画に興味を覚え中学生の頃には俳句回覧誌を制作、16歳の頃、実家の酒店が営業不振となり大阪に転居、この頃に町絵師の盛町文琳に日本画のほどきを受け、更に大阪の俳句会で南画家の幸松春浦との知遇を受けて指導を得るに至り、さらに俳句会で青木月斗の紹介により冨田渓仙に、また、1927年には大阪美術学校に進学して矢野橋村にそれぞれ師事。30年に第11回帝展にて初入選となり、以降、新文展、日展と出品を続け入選を数えるほか、戦後は日本南画院展に出品し1965年第五回展にて南画院賞、68年第八回展にて文部大臣賞を受賞、そのほか77年に勲四等旭日小綬章、78年に大阪芸術賞、82年洲本市名誉市民表彰など近代大阪南画壇の重鎮として活躍を示した。この間、俳句も手掛け高浜虚子、山口誓子らと合作俳画展なども開催、75年には高浜年尾主宰「ホトトギス」の同人にも推挙、また、56年より南禅寺管長柴山全慶に参禅し67年には黄檗宗の僧籍に入り法名「沙弥智融」を拝命。〔印名〕「玉青」「玉玲盦」(「玉玲庵」)など〔市場評価〕★★