作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】鳥取県倉吉市/独学、父に菅盛南【所属・任】大阪美術会会員、四天王寺舞楽協会会長。大阪市名誉市民など【主な受賞】日本美術院恩賜賞【略歴・作風など】3月4日、日本画家の菅盛南の子として鳥取に生まれ、幼少に赤穂そののち大阪に移住し11歳のときに父が病気となりそのため画業で一家を支えるようになる。その後も師には着かず独学で大和絵、四条円山派、浮世絵、狩野派の画技を研究し、住吉踊りや大阪の風景などを題材にした作品を制作。明治35頃より楯彦と改号し大正元に発足した大阪の「大正美術会」に上島鳳山、北野恒富らと参加。大4の第1回大阪美術展では監査員を務めた。昭和12には生田花朝、矢野橋村らと「墨人会」を結成、しかし大戦で大阪空襲に合い一事倉吉市に疎開し、昭和24、大阪府文芸賞、同26大阪市民文化賞、第7回日展にて初の官展出品となり同33年に日本芸術院賞恩賜賞を受賞する。また37年には大阪市名誉市民となるも翌年9月4日85歳で逝去。昭和53に倉吉市名誉市民賞が授与され、平成になって菅楯彦大賞も設定された。尚、甥には菅真人がいる。〔主な作品所蔵館〕東京国立近代美術館/佐久市立近代美術館/米子市美術館/倉吉博物館など〔印名〕「春秋印佳白」「臣心知水」「楯彦」「菅原楯彦」「楯葉」「菅」「浪速御民」「浪速之民」など〔市場評価〕★★〔美年鑑評価〕500万