作家资料
BIOGRAPHY江戸中期から現在にかけての肥後(熊本県)の焼物で元々肥後国天草郡本戸村山仁田で陶器を作っていた山川徳蔵から1765年に岡部常兵衛が権利を買い受け同村の水の平に窯を移して陶器を焼いたのが起源といわれる。当初は無釉薬陶器を焼いていたが次第に釉薬を施して小代焼風の器を造り、二代富次郎の頃には海鼠釉を焼いて茶器、酒器、食器、盆栽鉢など多様性をまし、明治年間には木戸村村長により「水平」の印を拝領。以後、水の平焼は同地の特産品として現在では食器、珈琲碗など日常生活品を中心に製造されている。〔陶印〕押印「水平」など