作家资料
BIOGRAPHY室町中期応永年間(1394〜1427年)頃の人で東福寺の僧であるが、赤脚子という印章のみによりその存在が確認されている人物で、おそらく東福寺修行中に明兆に師事して宗道のほか画を修め、明兆にその才を認められて赤脚子の号とその印を譲られたといわれるのが一般的な見解であるが、明兆が赤脚子の号を本当に使用していたかなどはこれまでの研究でも意見が分かれおり、また、そうした研究の一方では寒殿司(赤脚子)とは吉山明兆の別号で同一人物ではないか或いは寒殿司(赤脚子)という画家の存在そのものを否定するといった誤伝などもある。人物、仏像などをよく描くほか東福寺山門上楽器の図などを残している。〔印名〕「赤脚子」など〔市場評価〕?