作家资料
BIOGRAPHY以前より有る土佐尾戸焼の流れを汲む陶工が1820年に能茶山(現在の高知市鴨部)に築窯して、当時伊万里磁器の流行に刺激されて造った焼物で土佐藩営の窯。特に肥前出身であった陶工で砥部焼にも従事していた樋口富蔵や絵師の康蔵を中心として栄え、しかも能茶山付近に良質の陶土が採掘できた事で短期間の内に成功を収め一時期は土佐藩の産業振興策のひとつとして大きく寄与したが、明治にはいり藩の庇護がなくなると民間に委託され、その後、廃窯となる。〔陶印〕染付描印「能茶山」「能」「茶山」など