作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】広島県山県郡壬生町【所属・任】二科会員、独立協会会員【詳細略歴】大阪天彩画塾に入り大正13(1924)年に上京、太平洋洋画研究所に入所しゴッホやマチスといった西洋画の巨匠の作品に影響を受けまた東洋的な画風も融合させて独自の作品を制作していき二科展や独立展などに出品、受賞していくが氏が最も制作活動に打ち込んでいた時期が第2次世界大戦中ということもあり、展覧会や雑誌などで発表する作品に制限が加えられ画家たちが困難な時代であったため昭和18年に松本竣介、井上長三郎ら有志8人と自由な表現を求め新人画会を結成するも、21年に戦病死(享年39)。また、広島出身の氏は原爆投下の火災により多くの作品を失い自ら焼却処分した作品も多く早逝も重なり、現存が非常に少ない作家でもある。公的鑑定は「靉光の会」ほか東京美術倶楽部も取り扱い〔サイン〕「ai」「aimitsu」「Aimi」「ai.k」「aim」「m.aim」「A.M.」〔印名〕「靉光」「石」「日郎」など〔市場評価〕★★★★★〔美年鑑評価〕5000万