作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】岡山県小田郡笹岡のち大阪住/木村貫山、渡辺祥益、西山完瑛【所属・任】大正美術会参与【略歴・作風など】笠岡の日本画家、辻鳳山(1794〜1859)を祖父として生まれ、大阪に出て木村貫山に画を学び、のち西山完瑛、渡辺祥益に師事し円山派の写実美人画を得意とするようになる。その後、上島くにと結婚。上島姓を名乗るようになる。大阪で開かれた第5回内国博覧会にて褒状を受け、明治43の文展では落選し中央の公募展では活動しなくなるも、大阪を中心に北野恒富らと「大正美術会」を設立し、明治後期〜大正期に各種展覧会、絵画共進会にて多数出品、入選を重ね、浪花の美人画(特に唐美人図)家として名を馳せ「京都の松園、大阪の鳳山」と称せられ、円山派の基礎を守りながらも独自のその官能的な構図と画量で住友家や大阪の資産家の後援を受け、自由な制作を進めたが酒を好んでいたため7月25日45歳で夭折した。そのために遺作は少ない。〔印名〕「上島鳳山」「鳳山」「上嶋壽」(「上嶋寿」)「辻壽治印」(「辻寿治印」)「壽印鳳山」など〔市場評価〕★