作家资料
BIOGRAPHY京都の人師、円山応挙、森狙仙はじめ京都にて丸山応挙に学び後に大阪に出て森狙仙に師事、その後1798年ごろに九州を中心に西日本を巡遊、筑前(福岡県)の秋月藩藩主黒田長舒に見出され藩の御用絵師に抜擢され長舒主催の太宰府書画展覧会などで画技を披露していたが、長男の江戸出奔に伴い御用絵師から外され晩年は大宰府に居を構え町絵師として活躍した。山水、花鳥、人物、動物など様々な画を描き代表作に「島原の乱戦闘図」を残すが本来は鹿の画を好み最も多く描き得意としていた。〔主な作品所蔵館〕福岡県立美術館など〔印名〕「秋圃」など〔市場評価〕☆