作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】江戸雑司ヶ谷(現、豊島区)のち越後三条住【所属・任】幕府御用勤【略歴・作風など】5月13日、江戸の雑司ヶ谷で生まれ若くして江戸彫石川流の彫物師として名を挙げ苗字帯刀を許される。また20代で幕府御用勤めになったが、江戸での製作記録の詳細は確認出来ていない。32歳の時に江戸を離れ、越後国永林寺(現魚沼市)の円応弁成の招きで越後国に入り、当時、金物の町として知られた越後三条の酒井家へ婿養子に入り、酒井姓となる。その後、永林寺の欄間などの彫刻群や越後日光と言われる西福寺開山堂、瑞祥庵金剛力士像([湯沢町])、秋葉神社奥の院(現長岡市)など、多くの彫刻を残す。その彫刻の多くは色鮮やかで彫りが深く、何層にも彫り重ねられた精巧さと大胆な構図が特徴。またその後は三条に戻り、70歳で没した。弟子に北村久助、川村徳治という者がいたらしい。〔印名〕〔刻名〕「雲蝶」「源雲蝶」「石川」「石川安兵衛」「正照」など〔市場評価〕★★★