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BIOGRAPHY

【出身地・師系】薩摩国(鹿児島県)/【所属・任】公爵、薩摩藩御軍艦掛、日田県知事、租税権領など【主な受賞】従一位大勲位【略歴・作風など】松方正恭、袈裟子の四男として生まれ、13歳にして両親を亡くすが弘化4に藩校の造士館に入り、16歳で御勘定所出物問合方へ出仕、扶持米4石を得る。さらに大番頭座書役となり7年間勤め島津久光の側近として生麦事件、寺田屋事件等に尽力。29歳で議政書掛となり、異例の出世を得る。慶応2には軍務局海軍方が設置され御船奉行添役と御軍艦掛に任命、翌年、軍賦役兼勤となり、長崎と鹿児島を往復し薩摩藩の軍艦の買い付けなどに当たった。明治維新政府では長崎裁判所参議に任じ後、日田県知事に転任する。別府港を築港し、現在の別府温泉の発展の礎を築いた。その後、大量の偽札流通を発見し福岡藩による偽札製造を発覚、大久保利通の評価を得、その推挙で民部大丞・租税権領に就任する。大蔵省官僚として地租改正にあたる。が、財政方針を巡って当時、西南戦争の戦費の大半を紙幣増発でまかなったことから政府紙幣の整理問題が焦点となり大隈重信と対立し、。その結果、伊藤博文の配慮によって内務卿に転出する形をとった。が、明治14年の政変により大隈が失脚すると参議兼大蔵卿として復帰した。その後、さまざまなインフレ政策をとったが、これらの政策は深刻なデフレーションを招いたために「松方デフレ」と呼ばれて世論の反感された。〔印名〕「松方正義之章」「海東」など〔市場評価〕★

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