作家资料
BIOGRAPHY薩摩国(鹿児島県)出身薩摩藩下級武士の家に生まれ藩主島津斉彬に仕え、後に薩摩藩の代表格として藩政に参加、1866年に公武合体を目指して(坂本龍馬の仲立により)当時敵対していた長州藩(桂小五郎)と同盟(薩長同盟)を結び、新政府軍代表格として倒幕を決行、しかし戊辰戦争時に江戸に攻め入るときには幕府軍の勝海舟との交渉により江戸無血開城に成功。明治維新後は新政府参議として廃藩置県を推し進めて活躍を示したが大久保利通らと朝鮮出兵(征韓論)を巡り対立、その後、官を辞して郷里の鹿児島に帰郷、学校を建設して士族の子弟を教育していたがこの生徒らが新政府に対して反乱を起こし(西南戦争)西郷も大将格として参戦したが敗戦となり城山にて自害となる。木戸孝允(桂小五郎)、大久保利通とともに維新の三傑と称されている。尚、「隆盛」は明治期に戸籍登録の再、誤った隆盛(父の名)を登録してしまい、正確な名は「隆永」であり、戸籍登録以降父の隆盛を名乗った。〔印名〕「南洲」「號南洲」「藤隆永氏」「藤隆盛氏」「藤隆盛印」「猛虎弌聲山月高」(「猛虎一声山月高」)など〔市場評価〕★★★