作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】佐賀県出身師、12代柿右衛門、13代柿右衛門【認定】国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)【所属・任】日本工芸会理事、一水会常任委員、国際陶芸アカデミー名誉会員、佐賀県陶芸協会会長【主な受賞】日本伝統工芸展日本工芸会奨励賞など【詳細略歴】13代柿右衛門の長男として生まれ陶技を父、または祖父(12代柿右衛門)について学び、1966年に第28回一水会展にて初入選となり、同年新設された第1回西部工芸展にも初入選となる。以降は佐賀県展や68年よりは日本伝統工芸展に出品を重ね71年に日本工芸会正会員に推挙、また展覧会出品のほかにも歴代展、父子展などの個展にも酒井田正として精力的に参加、伝統柿右衛門の色絵付けや濁手の技法をよく研究し82年に父の死に伴い14代酒井田柿右衛門を襲名。83〜84年の間は襲名記念展を全国各地の百貨店などで開催、また国内のみならずアメリカ、ドイツ、シンガポール、ロシア、フランスなどにおいても個展活動を開始。また、おもな受賞には84年日本陶磁協会賞、西日本陶芸展佐賀知事賞、86/92年日本伝統工芸展日本工芸会奨励賞などがあり93年には国際陶芸アカデミー名誉会員、2001年に国指定重要無形文化財保持者(人間国宝)の認定を受けた。その後も精力的に活動したが平成25年6月15日、転移性肝腫瘍のため佐賀市の病院で78歳で死去した。柿右衛門作品の代名詞とされる濁手(乳白手とも=本人作)の作品には幾重にも釉薬が塗り重ねられ重厚な作粋を見せながらも繊細に描き込まれた絵付けを展開され山葡萄、菊、牡丹、花鳥など自然からの意匠を用いた作品が多く一般的には「濁手牡丹図香炉」などと箱書きされており作品本体には銘を入れてないものが正規品となる。また、一概には言えないが「錦花鳥図珈琲碗」などと箱書きされて作品の底部に「柿右衛門作」とされている物(今現在市場作品のほとんどがこの作品でもちろん展示即売の個展などにも出品されており主に生活食器、花瓶、香炉など用と美を兼ねている作品)が工房物(すべての工程が本人の作ではないが一部本人が手直しまたは確認、底部に柿右衛門作と染付描銘、箱書きをして通常販売されている作品)とさらに柿右衛門窯の作品に区別される。【注釈】人間国宝クラスの作品ともなると工房の作品でも完成度の高い香炉、大花瓶などでは高額に市場取引また古美術店、ギャラリー販売されるがさらに濁手作品ともなると群を抜いて何百万での相場もしばしばとなり、そのため近年、魯山人、楽吉左衛門、金重陶陽、藤原啓、荒川豊蔵ら高額作家の作品と共に贋物が多くなりつつ現状がある。贋作の中心は工房作品のもので作品の描銘部分をわざと滲ませてあやふやにしている物や箱書きの墨の色が全く違う物、箱書の草書体の柿右衛門が本来続けてないといけない書体が続いてなかったり逆に右と衛の間隔がかなり狭く続けてあったりといった特徴がある。また濁手の作品は発色技術が非常に難しく贋物は比較的少ないが描銘を作品に入れていない為、一時期は一般的な柿右衛門写しの伊万里焼陶器を本当の濁手の箱に入れて売買するといった手法があったが近年は一部の心無い古美術業者が行っているのみで、あまり見られず作品の発する優雅な装飾性も全く違うので比較的看破し易い〔落款名〕「正作」「十四代柿右衛門」など〔印名〕〔陶印〕「正」「柿」「柿右衛門」(染付)など〔市場評価〕★★★