作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】土佐国(高知県)出身【所属・任】日本学士院会員、貴族院副議長、男爵【略歴など】生家は土佐藩儒を勤める家で藩校で学んだ後、長崎に遊学して蘭学、また江戸にて海軍操連所に学ぶ、さらに同郷のジョン万次郎より英語を学んでいる。帰郷後は藩校の教授として洋学を教え福岡孝弟らと共に新藩法である「海南政典」や「海南律例」の編纂に参加。明治維新後は新政府に出仕して民部省に入り、平民に苗字を与える法案を可決させ、工部省ではアメリカ・サンフランシスコ万博の視察を兼ねて留学、帰国後は深い法律知識を買われて国憲取調委員に就任して刑法を始め治罪法・陸海軍刑法・日本海令草案・医事法・薬事法起草の中心人物として活躍。以降、機密院顧問、貴族院副議長などに就任。退官後は女子高等師範学校校長・学習院院長などを歴任し、明治初期から大正期にかけての法律起草と教育に多大な貢献を示した。〔落款名〕「十洲」「細川潤印」「號十洲又悟園其別業曰吾園」など〔市場評価〕☆