作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】長崎県出身【所属・任】西部合同ガス(現西部ガス)初代社長、博多商業会議所会頭、中部共同火力社長、東邦電力社長、日本電気協会会長、電気事業再編成審議会会長、電力中央研究所理事長、北里大学医学部建設後援会長【略歴・作風など】1889年に上京して慶応義塾に入学、しかし父、二代松永安左ヱ門の死により帰郷、3代目を継いで家業に従業、95年に慶応義塾に再入学するも途中退学。福沢桃吉との知遇を受け、日本銀行に入社するも一年で退社して福沢と共に神戸、大阪で事業を展開、09年には福博電気軌道株式会社の設立に参加、翌年には九州電気を設立。13年に西部合同ガス初代社長に就任、17年には衆議院選挙に出馬して当選、一時は政界でも活躍したが次の選挙で落選。その後22年に東邦電力副社長に就任、また東京電燈、東京電力などと合併吸収、取締役に就任、民間主導の電力会社再編を主張しこの頃より電力王などと称されたが、日本発送電会社が設立され電力国家管理が開始されると引退して所沢の柳瀬荘で茶道三昧の日々を送った。しかし、戦後に日本発送電会社の民営化が課題になり、電気事業再編成審議会会長に選出されると民間企業の電力供給に変更させ、更に電力事業の拡大を予測して電気料金の値上げを実行し電力王から電力の鬼と呼称されるようになる。また、茶道に造詣を深く持ち、古美術品コレクターとしても有名でその一部を東京国立博物館をはじめ各地の博物館、美術館に寄贈している。〔印名〕「耳庵」など〔市場評価〕☆