作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】河内国(大坂)出身師、楽一入【所属・任】加賀藩御用陶工【略歴・作風など】元は河内国土師に住む土師姓の出自といわれ、1656年ごろに京都に出て楽家一入に楽焼の製法を学び、二条川原町付近に居を構えていたとされ、その為、当時にその近辺で楽の脇窯を焼いた押小路焼にもなんらかの関係が有ったのではと推測されている。66年に加賀藩の茶頭を務めていた裏千家4代の仙叟宗室の推挙で加賀前田家に仕え、藩主の前田綱紀より金沢東郊の大樋村に住居を賜ったのでそのまま大樋を姓とした。初代の作品の現存は少ないが現存する茶碗作品を見てみると雅味に欠け、平凡な作域の物が残るが、それが元々の作陶技術が巧みでなかったのか仙叟の好みによる物なのかの判別には議論が分かれているが、彫塑的な置物の作風をみると有る程度の巧妙な技量を見る事が出来るため仙叟の好みによる部分が大きいと推測される。また、大樋焼は初代の頃より飴釉を基本に焼かせているがこれは前田家が京の楽家と千家との間柄を考慮して黒楽、赤楽の物は極力控え、異なる作風を求めた為とされる(数は少ないが黒楽茶碗を残している)。また、茶碗に在印の物も稀にあるといわれるがほとんどが無印。〔陶印〕「大樋長」など〔市場評価〕★★★