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作家资料

BIOGRAPHY

佐賀国(佐賀県)出身第八代、第十七代内閣総理大臣、現早稲田大学創設者従一位、大勲位菊花大綬章、大勲位菊花章頸飾佐賀藩士の子として生まれ藩校で儒学、蘭学を学び23歳の頃より藩校の教授に就任。また、長崎に遊学して英語やアメリカ文化に多大に影響を受けその後は脱藩して京都に赴いて将軍徳川慶喜に大政奉還を促すなど尊皇攘夷派として活躍。明治維新後は1968年にキリスト教信者問題についてイギリスのバークス公使との交渉に手腕を振るい一躍名を馳せ外国事務次官に就任、69年に会計官副知事、70年に参議、73年に大蔵卿に就任し明治新体制の中枢で活躍、伊藤博文、木戸孝允などと組んで近代国家の形成を目指していたが開拓使官有物払い下げ問題により伊藤博文と対立し81年に失脚となる。82年には立憲改進党を結成、また東京専門学校(後の早稲田大学)を創設、88年には伊藤内閣ついで黒田清隆内閣の外務大臣を歴任、(前記のように政敵であったが伊藤が大隈の外政手腕を買っての抜擢)その後、松方第二次内閣では外務大臣を務めたが西郷隆盛を初め薩摩勢との対立により辞任。98年には板垣退助らと憲政党を結成して第8代内閣総理大臣に就任、日本初となる政党内閣を発足させたがこのときは旧自由党と旧進歩等の対立によりわずか4ヶ月間で総辞職となり一時政界から引退して早稲田大学総裁となる。14年に再び政界に復帰して第二次大隅内閣を発足、第一次世界大戦時には中国大陸での利益確保の為ドイツに対して宣戦布告をするなど特に外交手腕に長けた政治家であった。〔印名〕「易議大隈重信」「大隈重信書蔵」など〔市場評価〕★

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