作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】越後国(新潟県)/宇野明霞【略歴・作風など】幼少のころより詩文に長け、非凡な才を見せており、後に宇野明霞に弟子入り。明霞が没すると同門であった大阪の富豪家の勧めもあり来坂して私塾を開業、以来、多くの門人を育て上げ1765年には佐々木魯庵、田中鳴門、葛子琴らとともに「混沌社」を発起しその主幹としてますますの隆盛を築き、当時の大阪近隣の詩社(塾)では随一と言われるほどとなった。尚、北海の門下生は3000人を超えるとも言われ頼春水、尾藤二洲、古賀精里、木村蒹葭堂ら後の大家を次々に輩出した。また、和泉岸和田藩岡部候をはじめ諸侯の(藩儒として)招聘をすべて固持し、自らの学を著書にして出版する事も無く、政治的な野心や名刹、金欲などの方面の全くなかった人と言われている。江戸中期を代表する漢詩人の一人として当時江戸の入江北海、京都の江村北海と共に三北海と称された。〔印名〕「孝秩」「孝秩氏」「片猷之印」など〔市場評価〕☆〔美年鑑評価〕60万