作家资料
BIOGRAPHY【【出身地・師系】大和出身【略歴・作風など】はじめ、大和郡山堺町にて荒物屋(屋号柏屋)を営んだが後に家業を廃業、屋号を二分して「木白」と号し赤膚焼に着手。その作ははじめ京焼を模し仁清写や里恭写などで精巧な作域を見せていたが、次第に奈良絵や高取、萩風、さらには楽焼や型物に至るまで諸派に秀で、造形から器にする絵付けまで古今の赤膚焼通じての名工と称され型物では能人形の置物は妙手であった。初代没後は子の作次郎が奥田木左として後を継ぎ、初代に劣らず名工であったが初代、二代とも同印使用の為、区別は困難。〔市場評価〕★★