作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】福島県相馬郡出身師、山崎朝雲【所属・任】院展同人【略歴・作風など】祖父、父と宮彫師で幼い頃よりノミ彫刻に親しんでいたが職人ではなく芸術家を志して山崎朝雲に師事、1914年再興第一回院展に「シャクンタラ姫」を出品して同年同人に推挙。その後、1922年には日本美術院の留学生として渡仏、ヨーロッパ彫刻を学び帰国後は再び院展・そのほか帝展などで活躍。戦時中は郷里に疎開するがその戦災で、作品のほとんどが焼失または四散。戦後は京都妙心寺内に移り制作を再開。伝統的な技法と西洋の流線彫刻技法を交えて人物の表情に生命力を与え、独自の世界を確立、代表作に制作10年を費やした三越本店「天女像」など。また、師との制作意識の対立により号を自ら阿吽洞玄々と改号。〔落款名〕「朝山」〔印名〕「清蔵印」など〔市場評価〕★★★★