作家资料
BIOGRAPHY代々続く京都粟田口の陶家で1756年に錦光山宗兵衛と共に徳川将軍家の御茶碗師となり、以降幕末ごろまで続いているが、初代がいつ頃の人で何代まで続いたなど詳細は不明な部分が多く、その先祖は洛北岩倉焼の陶工ではなかったかと推測される。作品は華やかな草花図などを絵付けした仁清風、京薩摩風の物を多く残している。〔落款名〕〔陶印〕「岩倉山」(枠無隷書体・小判印篆書体)「平安岩倉山」(角白印隷書)「岩倉山」手描印など〔市場評価〕★〔美年鑑評価〕140万
代々続く京都粟田口の陶家で1756年に錦光山宗兵衛と共に徳川将軍家の御茶碗師となり、以降幕末ごろまで続いているが、初代がいつ頃の人で何代まで続いたなど詳細は不明な部分が多く、その先祖は洛北岩倉焼の陶工ではなかったかと推測される。作品は華やかな草花図などを絵付けした仁清風、京薩摩風の物を多く残している。〔落款名〕〔陶印〕「岩倉山」(枠無隷書体・小判印篆書体)「平安岩倉山」(角白印隷書)「岩倉山」手描印など〔市場評価〕★〔美年鑑評価〕140万
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