作家资料
BIOGRAPHY京都出身師、覚々斎宗左(茶)、堀内仙鶴(俳諧)禁裏御所御用達塗師、千家十職(塗師)二代宗哲の子として生まれたが、幼少のころに父が没している為に独自に漆芸を研鑽、また、三千家を中心とした協力があったと思われる。茶の湯を覚々斎宗左に師事して家芸である棗製作のほか手桶、台子、長板、中次など作品は多種に渡り製作、千家の信頼を得て妙心斎宗左の七事式の選定に参加、3代以降正式に千家十職となる。また、禁裏関係の仕事としては後桜町天皇即位式に際して中宮御入内の禁中御調度納品の大役を果たしており、禁裏の信頼も得ている。また、70歳の古希記念には7種の棗を各百個造りそれぞれに俳句を付して茶会を開催、漆芸以外にも大徳寺大龍和尚に参禅、俳人の堀内仙鶴、与謝野蕪村ら当時の一流文化人と親交を深めるなど多岐にわたる活躍を示した。作品はそれまでの1,2代の端正なものではなく重厚で雅趣のある作風を展開、代表作に「彭祖棗」、「夜桜棗」、「不白好・雪輪棗」、「如心斎好・十牛溜大棗」、「直斎好・天橋立茶桶」などがのこる。〔印名〕「宗哲」など〔市場評価〕★★★