作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】肥前国(佐賀県)出身【略歴・作風など】佐賀藩の支藩小城藩士で神道家柴田花守の次男として生まれ、幼少のころより父に画を学び16歳の頃には儒学者納富六郎左衛門の養子となる。また、同じ佐賀藩士中牟田倉之助や長州藩の高杉晋作と共に上海に渡って貿易調査に従業。明治に入ると1871年に横浜に移り貿易業を研究する傍らで洋画を学び73年にはウィーン万国博覧会政府随員として渡欧しオーストリアやボヘミアの製陶所で伝習生として陶磁器の製造を学び75年に帰国。76年のフィラデルフィア万博に専任審査官として出品審査を行なうとともに、自らデザインした陶磁器なども出品、77年には江戸川製陶所を設立し陶芸デザインの研究に没頭、又同時に石鹸、漆器、銅器の製作を行うなど実験的な事業に邁進している。その後、83年には石川県より招かれて貿易の指導などに尽力、また金沢工業学校の設立の中心人物として87年に同校が創立された際にはその初代校長に就任、さらに94年に富山県高岡工芸学校、98年香川県工芸学校を創立、させてそれぞれ初代校長の任に就き指導者として多大な功績を残しており、日本における工芸デザインや図案研究のパイオニア的事業家として名を残している。