作家资料
BIOGRAPHY信濃国(長野県)出身江戸後期〜明治初期の官医代々医者を業とする家に生まれ、京都、江戸にて漢方医学を学びその後、幕医であった本康宗円の下で修行、次いで宗円の紹介で多紀元堅、小島尚質、喜多村直寛ら諸名医の指導を受け1833年に開業。幕末の66年には徳川将軍家の典医となり、明治維新後76年より宮内省侍医を拝命し最大の功績として幼時期の嘉仁親王(大正天皇)の命を救ったとして有名。そのほか、漢方医学著書多数、浅田飴の原型(当時銘御薬さらし水あめ)を作った医学者としても知られる。医者としてのほか若年期に漢学、儒学を頼山陽より指導をうけており多くの書を残している〔印名〕「栗園外史」「源雅堂印」など〔市場評価〕