作家资料
BIOGRAPHY【出身地・師系】茨城県茨城郡出身東京住【所属・任】日展無鑑査、日本人形社会員、白鳳会主宰【主な受賞】日展特選ほか【略歴・作風など】はじめは学問上京する為に叔父の菅義悦宅に身を寄せていたが、義悦が人形師であり、学問の合間にその人形制作を手伝い、その器用さが認められ、自身も人形作家の道を志すようになり8年間の下積み、二年間の奉公の後21歳の時に独立。製作当初より従来の量産人形を嫌い、いわゆる一品物や作家の思いを表現できる芸術性の高い人形制作に重きを置いており、1933年の日本人形研究会発足に際しては会員として参加、36年発足の日本人形社にも平田郷陽や岡本玉水らとともに会員として参加、41年に同会が解散すると白鳳会を主宰。戦後は日展に入選を重ねるようになり1955年に[春宵]で特選を受賞。創作人形を主流に製作したが市松人形に関しても、師の義悦が初代光龍斎門下でもあり、南甫もその師から受け継いだ技術と独自の感性で一体一体魅力溢れる作品を手がけ、特に三つ折には自身の人形制作の集大成として作り続けたが、その他の作品群同様遺品現存は極めて少なく、「幻南甫」と言われる。2代郷陽にも劣らぬ感性、野口光彦とも肩を並べるその技術は、現在数少ない遺品から氏の人形に対する愛情と厳しさ、名人と言われ木彫人形を芸術に押し上げた貴重な作家の一人として知られる。昭55年6月没、享年82歳〔主な所蔵館〕東京国立近代美術館工芸館/日本美術院/東京都美術館/吉徳資料館/横浜人形の家など〔印名〕「南甫」「南甫人形製之」「耕顔堂印」など〔市場評価〕★