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作家资料

BIOGRAPHY

【出身地・師系】京都府出身【所属・任】第12・14代内閣総理大臣【勲位】正二位、大勲位、公爵【主な受賞】勲一等瑞宝章、勲一等旭日桐花大綬章、大勲位菊花大綬章、大勲位菊花章頸飾【略歴など】公卿の徳大寺公純の次男として生まれ、4歳の頃に同じく公卿の西園寺師季の養子となり西園寺家の家督を継承。幕末期は山陰道鎮撫総督、会津口征討大参謀として各地を転戦(戊辰戦争)、その後明治に入ると越後府知事などを歴任したが退官後の1871年に大村益次郎の推薦などもあってフランスに留学し約10年間政治学や自由思想などを学び、帰国後は自由民権運動に傾倒して「東洋自由新聞」を創刊、明治法律学校の創設などに奔走。また、1882年には伊藤博文の憲法調査に随行してオーストリア、ドイツ、ベルギー各国の駐在公使を勤め、帰国後には賞勲局総裁、枢密顧問官など経て、第2次伊藤、第2次松方、第3次伊藤各内閣の文部大臣、外務大臣を歴任。また、1900年には立憲政友会の旗揚げに参加、03年にはその総裁に就任、06年に第12代内閣総理大臣に就任、以降桂太郎と交互に首相を務め桂園時代とされた(11年に第2次西園寺内閣発足)、長年政治家として教育勅語の改訂を試みるなど国家主義的政治家とは一線を画す言動を見せ、宮中と国務、軍部の調整を務め12年に第二次内閣を総辞職した後も19年にはパリ講和条約の全権を委任される、また晩年は次期首相推薦者の任にも就き明治から昭和初期の内閣に多大な功績を残す。〔印名〕「陶庵主人」「公望之印」「公望之章」「自怡」「醒来明月醉後清風」など〔市場評価〕★

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