作家资料
BIOGRAPHY江戸幕府8代将軍徳川御三家紀伊藩2代藩主徳川光貞の四男として生まれ父の後を長兄、次兄が3代、4代藩主を継いだが相次いで早逝した為、22歳で5代藩主に就任、主に財政面に経営手腕を発揮、また名前を吉宗と改名。その後享保元年に7代将軍徳川家継が没し将軍家の血筋が途切れたことにより御三家の中で一番血縁関係の強い吉宗が将軍に抜擢され就任。就任後は自ら質素倹約を実行し新田開発促進、足高の制(官僚整備)、公事方御定(司法改革)【享保の改革】を行ったほか、平民の意見を聞こうとする目安箱の設置、洋書、医学書の輸入などといった政策を展開、徳川中興の祖とされる。